霧多布湿原学術研究支援成果データベース

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管理番号53
年度2003年
研究テーマ霧多布湿原におけるメタン及び亜酸化窒素の放出量とその制御要因に関する研究
研究者名碓井敏宏
所属北海道大学大学院地球環境科学研究科
分類環境科学
キーワード1環境
キーワード2
キーワード3
キーワード4
テキスト53 平成15年度
   霧多布湿原におけるメタン及び亜酸化窒素の放出量とその制御要因に関する研究 碓井敏宏
要約
この研究は、温室効果ガスであるメタン(CH4)と亜酸化窒素(N2O)が、霧多布湿原の土壌から大気へどれくらい放出されているのか、それが湿原内の場所や季節でどれくらい変わるのか、放出量の変化に影響を与えているものは何か、それらを明らかにするのを目的として行いました。温室効果ガスには二酸化炭素、メタン、フロン、亜酸化窒素があります。このうちフロンを除く 3 種類は、もともと自然界でも生成されていました。温室効果ガスで問題となっているのは、産業革命以降の人間活動の増大により増加した分です。大気中のメタンと亜酸化窒素の濃度は、現在は二酸化炭素の 210 分の 1、1160 分の 1 と低いのですが、1 分子あたりの効果がそれぞれ二酸化炭素の 21 倍、206 倍と大きいので、その動向には注意が必要です。温室効果ガスの問題に対しては、人間の活動(農業、鉱工業、運輸、生活、自然破壊など)による放出を減らす、また自然界に影響を与えて、もともとそこから出てくるものを増やすようなことをしない、ということが求められています。自然界での生成に関しては、どこからどれくらい出ているのか、またどういう環境要因の影響で生成が増えるのか、これらを理解することが重要です。自然界では、メタンも亜酸化窒素も土や水の中の微生物の働きで生成されています。人間活動を含めた地球上の全メタン発生のうち、約 2 割が自然の湿原によるもので、さらに北海道など亜寒帯と、さらに北の寒帯の湿原が、熱帯を含めた全湿原からの放出のうち 1/3 を担っていると考えられています。亜酸化窒素に関しては、亜寒帯・寒帯の湿原からの放出はわずかとされています。しかしガスの放出量には季節や場所による変化が大きい、冬の観測は大変なのでデータが少ない、などの問題があり、放出量の見積もり精度には問題があります。よって世界のさまざまな湿原での調査がさらに必要です。道内では実は、霧多布湿原の含め 7 つの湿原でメタンの調査がなされているのですが、環境要因や冬の放出量の調査が少ないという問題があります。また亜酸化窒素に関しては、霧多布以外の 2 つの湿原でしか調べられていません。霧多布湿原は日本でも有数の広さを持つ湿原で、また湿原内には高層湿原から低層湿原、さらに塩性湿地があり、一つの湿原の中に多様な環境が存在しているという珍しい場所です。環境が多様ということから、メタンと亜酸化窒素に関しても、場所による変化が大きくて面白いということが期待されています。そこで夏季(2003 年 7、8 月)、秋季(2003 年 11 月)、冬季(2004 年 2 月)に、湿原表面からのメタンと亜酸化窒素の放出量の調査を行いました。湿原の表面にたらいのような容器をかぶせて縁を少し埋めて、出てくるガスをその中に捕らえて、一定時間での容器内の濃度の上昇から放出量を計算するという方法を用いました。クローズドチャンバー法といいます。冬に雪が積もっていた場所では、雪の上でこの観測を行いました。琵琶瀬川の河口近くの塩性湿地の観測地点 1 (Stn. 1 と略記)、ヤチボウズ木道わきのアシ原の低層湿原Stn. 2 (7 月と 11 月のみ測定)、MGロード脇の、高層湿原と低層湿原の中間的な植生の Stn. 3 の各地点におけるメタン放出速度は、それぞれ<0.008~0.066、3.26~7.93、0.150~0.824mgC/m2/hr でした。一方亜酸化窒素に関しては、ほとんど放出されていないという結果でした。この調査から、霧多布湿原でのメタンと亜酸化窒素の放出速度は、これまで道内や世界の湿原で報告された値と同じくらいということが分かりました。Stn. 1 と 3 のメタン放出量は夏季に高く、冬季に低下しました。Stn. 2 では夏季よりも秋季の方が放出量が上でした。冬季の低下は、温度の低下により微生物の働きが弱まったためと思われます。しかしStn. 3 では冬にも0.150mgC/m2/hrという無視できない速度で放出が起こっており、雪の下の土壌が凍っておらずそこでメタンが生成されていたと考えられました。Stn. 1 でもっともメタン放出量が少なかったわけですが、湿原の土壌水の電気伝導度が他の観測点よりずっと高く、また土壌に硫化水素臭があったことから、河口近くであるため電気伝導度が高い海水の影響を受け、海水に豊富にある硫酸イオンを使った硫酸還元が起きていたと考えられました。硫酸還元を行う微生物が活発に働くと、メタン生成を行う微生物は食物となる有機物の奪い合いに負けてしまうことが知られています。そのためメタン生成活性が低くなったと考えられました。ヤチボウズ木道脇の Stn. 2 で最もメタン放出が盛んでした。なぜそうなのかまだ良くわからないのですが、ここは周辺の丘陵からの河川水の流入の影響を受けていると考えられる場所です。開発など何らかの理由で周辺からの影響を受ける範囲や水質が変わり、Stn. 2 のようなタイプの場所が広がると、もしかしたら霧多布湿原からのメタン放出が増加するかもしれません。霧多布湿原においては、土壌の無機態窒素(硝酸態窒素及びアンモニア態窒素)の濃度が極めて低いことが過去の研究により報告されています。これには、湿原に水分が多く、かつ冷涼な気候のため有機物の分解が進んでおらず、有機物に含まれていた窒素が土の中に開放されにくいことと(有機物の分解が遅いということは、光合成により固定された二酸化炭素を閉じ込めておくという湿原の持つ重要な働きでもあります)、廃水や大気汚染などにより汚されておらず外部からの窒素流入が少ない、ということが寄与していると考えられます。そのため土の中の窒素の大半が植物や微生物の体を作るため吸収されてしまい、窒素が無機態で残らない状況になっていたと思われます。微生物が亜酸化窒素を生成するためには無機態窒素が必要なので、その不足により、霧多布湿原では亜酸化窒素の生成が少ないと考えられました。しかしもし今後、農牧業や民家からの廃水による外部からの窒素の流入や、湿原の排水により土壌水分が減少して有機物分解が進行するようなことが起これば、亜酸化窒素の生成が増える可能性があります。以上のようなことが今回の研究で分かりました。今後は放出量の一年間の変化の測定や、Stn. 2 でメタンの放出速度が高い理由の解明など、残された課題に取り組むことが必要と考えられます。
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